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ワードチョイス

人間が生み出した「言葉」というのは便利なコミュニケーションの用具です。要具と言ってもいいかもしれません。こんな風に単に伝達手段のみならず、遊びの道具にもなっていますね。(和製英語の「コミュニケーション」だと遊びも当然に含まれるような気がしますけれども)

 

さて、そんな言葉を記号化したものが「文字」

文字が一定の意味を持った塊となれば「(単)語」

単語をつらつら連ねていくことで「文」

文と文が重なり合って「文章」が出来上がっていくわけです。(文節とか段落とかもありますが)

個人的な印象として、下に行くほどだんだん重たくなっていくといったイメージがあります。Twitterなどの短文投稿なんかはせいぜい「文」で止まっているので軽い気持ちでTLに投げ込むことができる。(実際に軽いので労も少ないです。)

 

文章の構造が上記のようになっているので、文章の巧拙も上記の段階別に分けて分析することができるんじゃあないかと思ったりします。

 

とはいっても「文字」に関しては、少なくともこの文章を読んでいる方であれば「漢字カタカナひらがな(=日本語で使用される文字)」で共通しているかと思います。同じ言語使用者間であれば差異はないでしょう。フォントのチョイスとか色の使い分けとかそういったものはデザインの問題ですしね。

なので大まかに「単語」「文」「文章」レベルで文章の巧拙のチェックポイントはわかれると思います。もちろん文章の構造に着目して分析しようといった場合です。ほかにも切り口はさまざまあるでしょう。

 

このすべてについて一回の記事で考えようとしても長くなりそうなので、「単語」について考えてみたいです。

 

単語選びってとても大事です。単語ひとつひとつが独自のニュアンスを持っていますし、書き手と受け手がそのニュアンスに対して異なる感覚を持ち合わせています。

ですので

 

単語

 

を単体で置き去りにすると実に多様な受け取り方ができてしまいます。これをできるだけ無くそうと思うと・・・これは結構難しい問題です。ただ、この問題の解決(への努力)は文章の巧拙につながるポイントではあるでしょう。

 

解決策はいろいろあるかと思いますが個人的に一番楽でいいなと思うのが

「出来る限り平易(簡単!!!)な言葉を使う」です。

これは意識するだけで簡単に出来ます。

難しい漢字や熟語なんかは人によって触れた回数が違いすぎるので、意味の認識にずれが生じることこれ請け合いです。

 

あとは「出来る限り略語や専門用語を使わない」ですかね。

略語や専門用語というのは、その使用意図に関わらず、読み手を選定します。もともとはある集団内で「伝達するうえで便利だから」という理由で生まれたのだと思いますが(言葉としては正当進化ですね。)、結果として集団内でしか通じないものとなります。

なので広く一般に伝えたいのであれば、避けた方がいいかもしれません。

 

もともと、恥ずかしながら「METI(=経済産業省)」っていうのを知らなくてブログの題材にしようと思ってたらこんな長文になってしまいました。そのうえメインが文章の巧拙云々にすり替わってしまいました。

これも言葉の面白さかと思います。思考の垂れ流し・・・。

 

せっかくなので気が向いたらこの題材でまたなんか書こうかと思います。

長かったですがここまで読んでくださった方、ありがとうございました・・・。